「バージニア・ウルフなんかこわくない」「ウディー・ガスリー / わが心のふるさと」で2度のアカデミー撮影賞受賞。アメリカ映画界の生きる伝説といわれるハスケル・ウェクスラー。「今まで自分が撮影してきた作品は、自分が監督していればもっといい映画に仕上がっていたはずだ」と言い切るハスケル。 自分の腕に確固たる自信を持ち、リアルな映像を撮ることに頑固なまでにこだわり続けた彼は、その卓越したカメラワークで素晴らしい映像を収め、アメリカの映画史に大きな影響を与えてきた。


ジャーナリストとなった 2 番目の妻の子、マーク・ウェクスラーの幼い頃の記憶にあったのはいつもカメラを肩に担いだ父の姿。その父が 80 歳となった時、父の伝説と向き合い真の姿を見出そうとしてマークはカメラを手にとった。照明・構図・音声とやることなすことに注文をつけるハスケル。レンズを通した親子の対話は時に子供じみた言い争いに発展し、撮影は難航する。


ジョージ・ルーカス、マイケル・ダグラス、ジェーン・フォンダ、ジュリア・ロバーツ、ミロス・フォアマン、ロン・ハワード、シドニー・ポアティエ・・ハリウッドを代表する俳優、監督の貴重なインタビューを通して明らかになった伝説のシネマトグラファーの真実とは・・。

カメラマンの動きとカメラが同調し、ブレのない自在なショットを可能にさせた“スティデカム・システム”が開発されるおよそ5年前、ハスケルは『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』( 76 年、ハル・アシュビー監督)でスティデカム・システムのようなブレのない、画面の奥の奥までフォーカスのあった(パンフォーカスのような)前進移動ショットを撮り、当時のすべてのアメリカ映画関係者や映画ファンを驚愕させた。のちに盟友コンラッド・ホール(『明日に向って撃て!』 69 年、『ロード・トゥ・パーディション』 02 年)によって「映画芸術上、奇跡のショット」と言わしめた、大恐慌時代の職にあぶれた人びとが集まってきたキャンプの風景を描写したショットである。ハスケルはこの映画で、モノクロによる『バージニア・ウルフなんかこわくない』( 66 年)に続いて2度目、カラー映画では初めてのアカデミー賞撮影賞を受賞している。今回の『マイ・シネマトグラファー』に、ハスケルの誰にも真似することのできない移動ショットの撮影方法が紹介されている。彼の奥深い才能の一端を見ることができる。

1922 年、イリノイ州シカゴの裕福な家庭に生まれ育ったハスケルは、いまではジョージ・ルーカスの出世作となった『アメリカン・グラフィティ』( 73 年)の撮影監督として多くのファンに知られている。ルーカスに南カリフォルニア大学映画学科へ進むことを助言し、 70 年代には同学科の実技コースのトレーニングコーチとして多くの学生を指導していった。その一方で『夜の大捜査線』( 67 年、ノーマン・ジュイソン監督)や『カッコーの巣の上で』( 75 年、ミロシュ・フォアマン監督)などアメリカン・ニューシネマの秀作の撮影監督として不動の地位を築いている。撮影だけに飽き足らず、報道カメラマンを通して現代社会に蔓延る暴力の実態に迫った『アメリカを斬る』( 69 年)やニカラグア内戦での軍による虐殺を告発した『ラティノ』( 85 年)で監督、脚本も手がけている。また、葬儀ビジネスを通じて現代アメリカ社会の歪んだ一面をえぐった『ラブド・ワン』( 65 年、トニー・リチャードソン監督)では製作も兼ねている。映画製作が大好きな人なのである。

 炭鉱の労働争議を描いた『メイトワン‐1920』( 87 年)を監督したジョン・セイルズ、実在のルイジアナ州知事の破天荒な人生を描いた『ブレイズ』( 89 年)に主演したポール・ニューマンら、ハスケルと仕事をともにした映画人は異口同音、「彼こそプロ中のプロ」と讃えている。寡作監督テレンス・マリックは『天国の日々』( 78 年)の編集作業中、主演リチャード・ギアが鉄鋼場で働く様子をどうしても欲しくなり、わずか3日間だったがハスケルにその場面の撮影を手伝ってもらっている。映画の隅々まで知り尽くした男だからこそ、多くの映画人が助言を求めてきたり、実際に撮影を依頼してきたりする。

 もっともハスケル本人はかなり偏屈で頑固で、持論を曲げない人だから、付き合うのには相当の覚悟がいる。コンラッド・ホールは「監督になるべき人だった」と言う。『帰郷』( 78 年)撮影中、監督ハル・アシュビーの演出に異を唱え、現場で大激論をくり広げたこともある。撮影実技のトレーニングを受けた南カ大の学生らは、意見を絶対に曲げない信念の強さ、不屈の精神力を讃え、「キング・リア」と呼んでいた。

『マイ・シネマトグラファー」で、 80 歳になろうという高齢でなお盛んに市民運動へ出かけていくバイタリティ、演出家の言うことなどお構いなく話し続ける頑固で偏屈な姿に、いまなお「キング・リア」であるハスケルのスゴさが窺える。ドキュメンタリーの冒頭と終盤に、ハスケルのレンズ倉庫が映し出される。映画ファンにとっては一流の撮影監督のプライベートな空間を観ることができる名場面となっている。あの倉庫の中には、ハスケルが『華麗なる賭け』( 68 年、ノーマン・ジュイソン監督)の撮影にあたり開発した広角ズームのレンズも収まっていることだろう。カメラやレンズを前に少年のような表情を見せるハスケル・ウェクスラーは生涯現役を貫き通す名カメラマンである。

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