1967年より毎秋、選りすぐりの過激な冒険者たちが、バハ
カリフォルニアで行われる史上最高の過酷で爽快なレースを求め、メキシコのエンセナーダに集まる。「Tecate SCORE
Baja(バハ)1000」、それは世界最長ノンストップのクロスカントリー・レースである。受賞監督として知られる
デイナ・ブラウン(「ステップ・イントゥ・リキッド」監督)が、バハ1000オフロードレースの世界に踏み込み、そのとてつもない興奮、歓喜、光景、音のすべてを捕らえ、「ダスト・トゥ・グローリー」というドキュメンタリー映画を完成させた。
ブラウンは、50台以上のカメラと90名のクルーを駆使し、しばし世界で最も危険とも云われるレースの真っ只中へと観客を引き込む。とはいえ、バハ1000は単なる競技ではなく、20万人もの見物客の、祭のような雰囲気の中、270台の大中様々の乗物を操縦する1200人の参加者同士の友愛をも表わしている。ダスト・トゥ・グローリーが謳っているのは、なによりもバハで競う人々、そして焼け付くような山々、ほこりが舞い上がる砂漠、透き通った太平洋の青い海に恵まれたバハの比類なき地理である。ブラウンは言う、「そこには全てがある」と。「もしこのレースが他の地で行われたとしたら、とても味わえないであろう。まるで時の流れが過去にさかのぼったような世界だ」と。
ブラウンがここで紹介している一人、フィルムプロデューサーのマイク“マウス”マッコイは、やはりモーターサイクル・マニアの一人で、”hard-nosed”という言葉に新たな意味を吹き込んだ人物である。マウスは、自ら思うところあり、1000マイル全走行距離を一人で走行する決心をしていた。18時間以上の単独走行を。
さらに、手に入れたばかりのカリフォルニアの運転免許証で参加する16歳の天才少年アンディーを含む「マクミラン一家3世代」もレースに参加している。彼らはopen
wheel Class 1バギーで、砂塵の中を突進する。一家の思いは、話題の焦点となっている父・息子チーム「ジミー・ロバート(JN)チーム」である。62歳のJNは1967年に初めて開催されたバハ・レースの初代の勝者であるが、その後30年間レースには姿を見せていなかった。その他の参加者では、艶やかなばかりか、比較的未改造の
pre-1983 VW bugsの必要最小限の小さなエンジンでゴールめがけて驀進する、女性のみのチームもある。
Grand Marshall としてレースの主役となるのは、現レーサーで最も有名なマリオ・アンドレッチである。彼は、世界中これ以上の場所はないと思っている。実際、高名なレーサーたちが、それぞれに驚愕ともいうべきシーンに登場していた。スティーブ・マックィーンやジェームス・ガーナーも、アーカイブ・フィルムに顔見せの出演をしている。
時速120マイルのモーターサイクル(単車)から、800馬力のトロヒィー・トラックス、ポルシェのエンジンを搭載したデューンバギー、さらには小型バグに至るまで、そこにいる全ての人々がレースを楽しみ、殆ど不可能な挑戦に挑み、完走し達成感の喜びに浸る。
ダスト・トゥ・グローリーのおかげで、それほど冒険好きではない人々でも、最高のスリルを堪能できるのである。
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